観光客数が増え、消費額も伸びている。数字だけ見れば順調に見える。

でも、地域の中では「それで結局、地域に何が残るのか」という問いが繰り返される。住民説明会や議会で、観光の成果を説明しようとしても、なかなか納得が得られない。

これは「データが足りない」という問題ではないかもしれません。むしろ、判断に間に合う運用ができていないことが、本当の課題なのではないでしょうか。

この記事では、観光地経営におけるデータ活用のあるべき姿について、住民感情(Resident Sentiment)調査の世界動向も踏まえながら整理してみたいと思います。

課題は「測れない」ではなく「判断に間に合わない」

多面化する観光の論点

観光の成果を測ろうとすると、昔より論点が増えています。

経済効果だけでなく、社会的なインパクト、環境負荷、ガバナンスの視点。国連統計委員会が策定を進めるSF-MST(Statistical Framework for Measuring the Sustainability of Tourism)や、GSTC(Global Sustainable Tourism Council)の基準を見ると、観光の持続可能性を測るには多面的なアプローチが必要だということがよく分かります12

やまとごころの記事「観光貢献度は、どう測れるのか」でも、この多面性と測定の難しさが丁寧に整理されています3

作ったダッシュボードが使われなくなる理由

問題は「測れない」ことではなく、意思決定の速度と、調査・集計の速度が合わないことにあるのではないかと思います。

可視化ツールを導入しても、気づけば「説明資料」として年に数回使われるだけ。判断のために日常的に参照されることは少ない。

私自身、これまでいくつかのDMOや自治体のデータ周りの取り組みに関わってきましたが、多額の予算を投じて構築されたデータ基盤が、数年後には継続されなくなっているケースを何度も見てきました。使われないダッシュボード、更新されないデータベース。現場の努力不足ではなく、そもそもの設計に課題があったのだと思います。

なぜそうなるのか ― 構造の問題

誰のせいでもない、設計の問題

なぜデータ基盤が続かないのか。いくつかの構造的な理由があると考えています。

1. 事業・補助金単位で調査が点在し、線になりにくい

観光に関するデータは、さまざまな事業や補助金に紐づいて収集されます。入込客数の調査、満足度調査、経済効果調査、環境影響調査。それぞれが別々のタイミング、別々のフォーマットで実施され、統合されないまま点として存在し続けます。

2. 「正確であるべき」が先に立ち、設問が重くなり継続できない

調査をするからには正確でなければならない。その意識が強すぎると、設問数が増え、回答負荷が上がり、実施頻度が下がります。結果として、判断に間に合わないデータになってしまう。

3. 「アンケート→整形→可視化→判断」が一本線で設計されていない

アンケートを作る人、データを整形する人、可視化ツールを構築する人、判断をする人。それぞれが別々に動いていて、最初から一本線で設計されていない。だから途中で途切れやすい。

住民感情(Resident Sentiment)調査の世界動向

なぜ住民感情が重要なのか

観光客数が増えても、住民の受容がなければ観光は持続しません。

「オーバーツーリズム」という言葉が広がったのは、観光客の増加に対する住民の不満が可視化されなかったからこそ、問題が深刻化してから表面化したという側面があります。

世界の観光地では、「観光客数」から「住民がどう感じているか」をKPIにシフトする動きが広がっています。

観光地ごとの具体的な調査事例

いくつかの地域では、住民感情調査を定期的に実施し、観光政策に反映させています。

  • ハワイ(米国): ハワイ観光局(HTA)が定期的に「住民感情調査(Resident Sentiment Survey)」を実施。住民の生活の質(QOL)と観光のバランスを重視し、観光客数だけでなく住民の声をモニタリングしています。

  • トロント(カナダ): デスティネーション・トロントが「2025年春 住民感情調査」を実施。都市観光における住民の受容度を定点観測しています。

  • パークシティ(米国ユタ州): Visit Park Cityが住民感情調査をケーススタディとして公開し、DMOが住民の声を政策に反映させる実践例として参照されています。

  • コペンハーゲン(デンマーク): 「住民感情指数 2018(Resident Sentiment Index 2018)」を策定した先進事例です4。コペンハーゲンは「観光客の誘致」から「地域住民との共生(Localhood)」へ戦略を転換したことで知られています。観光客を増やすことがゴールではなく、住民と観光客が共存できる状態を目指す。その判断の補助線として、住民感情指数が活用されています。

調査のためのツールキットとガイドライン

単発の調査だけでなく、「どのように住民感情を測定すべきか」という手法や枠組みを整備している事例もあります。

  • ブリティッシュコロンビア州(カナダ): Destination BCが「観光に対する住民意識調査ツールキット(Resident Perceptions of Tourism Research Toolkit)」を作成し、他の地域でも調査を実施できるようにガイドラインを公開しています。

  • ウェールズ(英国): 政府統計・研究部門が「観光における住民感情の理解方法の探求」というレポートを公開し、測定手法自体を研究対象としています5

  • Destinations International: 世界的なDMO業界団体が「Resident Sentiment Study」という標準的な調査モデルを提供しており、多くの地域がこの枠組みを利用しています。

  • UN Tourism(INSTO): 持続可能な観光観測所ネットワークを通じて「地域満足度(Local Satisfaction)」を測定するためのツールや指標を提供しています。

データ分析・管理プラットフォームの活用

従来のアンケート調査に加え、テクノロジーを活用して住民感情を可視化する動きも加速しています。

  • Mabrian / Data Appeal: 観光地インテリジェンスを提供し、デスティネーション管理に役立つデータ分析を行っています。

  • Granicus(EngagementHQ): オンラインでのコミュニティ参加を促進し、住民の声を収集・管理するために利用されています。

日本での設計指針

日本でも、観光庁が策定したJSTS-D(日本版持続可能な観光ガイドライン)に住民満足度の指標が含まれています6

ただし、正直なところ、運用が重くなりがちだという印象があります。枠組みは揃っているけれど、軽く・頻繁に・同じ線で回す設計になっていないケースが多い。枠組みを借りつつ、地域に合った運用可能な形に翻訳することが必要だと感じています。

観光地経営のデータ活用としてあるべき姿

Welcome / Manage / Stop を判断できる状態

観光地経営におけるデータ活用としてあるべきなのは、Welcome / Manage / Stop を判断し、説明し、調整できる状態をつくることだと考えています。

  • Welcome(歓迎・促進):この地域・この時期は、もっと観光客を受け入れられる
  • Manage(調整・分散):混雑が見られるので、分散や調整が必要
  • Stop(抑制・制限):これ以上の受け入れは難しい、制限を検討すべき

Welcome/Manage/Stopの判断軸

この判断をするために必要なのは、万能指標ではありません。最低限、3つの信号があれば判断の補助線になります。

  1. Demand Pressure(需要圧):どこにどれだけ集中しているか
  2. Resident Sentiment(住民感情):住民がどう感じているか ← ここが鍵
  3. System Capacity(受け入れ容量):現場・インフラ・ルールが回っているか

観光地経営に必要な3つの信号

この3つが揃うと、「なぜ今この判断をするのか」を説明できるようになります。

可視化を「信号機UI」に

可視化は「報告資料」ではなく、意思決定の信号機として設計すべきだと思っています。

  • 🟢 青=Welcome:歓迎・促進して良い状態
  • 🟡 黄=Manage:調整・分散が必要な状態
  • 🔴 赤=Stop寄り:抑制・制限を検討すべき状態

複雑なグラフや数字の羅列ではなく、一目で判断できる信号として設計する。そうすることで、可視化が日常的に使われるものになります。

どう向かうか ― 最初の一歩

提案1:アンケートを「定点センサー」に

住民感情調査は、重い調査として年に1回実施するのではなく、軽い定点センサーとして設計することをお勧めします。

  • 設問数は5〜8問に絞る
  • 同じ設問を繰り返す(比較可能性を担保)
  • 頻度を上げる(四半期に1回、あるいは毎月)

「正確さ」より「継続性」と「判断への接続」を優先する設計です。

提案2:国際標準の「棚」を借りる

ゼロから指標を設計する必要はありません。SF-MST、GSTC、JSTS-D、Destinations Internationalなど、国際標準の枠組みを「棚」として借り、地域の言葉に翻訳して使う方が効率的です。

提案3:一本線で設計する

アンケート設計 → データ格納 → 可視化 → 判断。この流れを最初から一本線で設計することが重要です。

一本線で設計するデータ活用フロー

バラバラに作ると、途中で途切れます。誰がどのタイミングでデータを見て、どんな判断をするのか。そこから逆算してアンケートを設計する。この順序が大切です。

まとめ

観光貢献度の本質は「成果の証明」ではなく、**「次の判断のため」**にあります。

住民感情調査は、回る運用で初めて意味を持ちます。重い調査を年に1回やるのではなく、軽いアンケートを頻繁に回し、判断に間に合う形で可視化する。

**軽いアンケート+判断UI(信号機)**が、地域の納得と観光の持続性を支える土台になると考えています。

Footnotes

  1. UNSD「Statistical Framework for Measuring the Sustainability of Tourism (SF-MST) Final Draft

  2. GSTC「Destination Criteria v2.0

  3. やまとごころ「観光貢献度は、どう測れるのか

  4. 10x Copenhagen「Resident Sentiment Index 2018

  5. Welsh Government「Exploring how to understand resident sentiment in tourism

  6. 観光庁「JSTS-D(日本版持続可能な観光ガイドライン)